早春に賦す
目次
1.
大田原地区在住のヨコヤマです。
暖かい日と寒い日を行ったり来たりの山里です。
春の陽がやわらかく霜を融かしたかと思うと、次の日には凍えるような風が吹き付け、季節はなかなか前に進まないように感じます。

それでも足元を見ると、いつの間にか庭の福寿草がひかえめに花をひらき、雪の解けた畦には、蕗の薹(ふきのとう)も顔をのぞかせていました。
ーー人間が気がつくころには、いつも春のほうがさきに来ている。
(カレル・チャペック「園芸家12か月」小松太郎訳 中公文庫より)
淡い陽ざしのこの季節になると、よく祖母のことを思い出します。
東京に生まれたわたしが農業をはじめたいと思ったとき、身を寄せる場所として選んだのが、祖父母の住んでいたこの千曲市でした。
幼いころ、休みのたびに訪れた祖父母の家から眺める景色。東京の家に届く宅急便には、季節の野菜や果物、手づくりの食べものがぎっしりつまっていたこと。
そんな一つひとつが、わたしの中に根づいていて、自分を形づくった土地へ足を向けさせたのだと感じます。
千曲市に住みはじめた頃は、親戚や地域の人たちの暮らし方を夢中になって追いかけていました。
祖父母の家は専門の農家ではありませんでしたが、畑で野菜や果物を育て、折々の行事を楽しみ、この土地に根付いた暮らしをしていました。
なかでも、わたしが心を奪われたのは祖母の手仕事でした。
藍染の木綿古布に施す刺し子の糸の運び。
味噌を仕込むために大釜で煮る大豆の火加減。
春の香りが立ちのぼるよもぎ餅。
蔵に眠る醤油の諸味に手入れするあんばい。
桃やトマトを煮て瓶詰めにする段取り。
蕎麦の打ち方。うどんのこね方。
野菜のたくさん煮込まれたすいとん汁。
掘りごたつにくべる炭の嵩(かさ)。
厳しい時代を生き抜きながら、日々の暮らしによろこびを見つけてきた祖母の姿。
その手から生み出される一つひとつが、たとえようもなく心を打ったこと。もっとたくさん教わっておけばよかったと、思い返せば悔やむことばかりです。
祖母にとっても、孫が近くで暮らしていることは楽しかったようです。居間のこたつで一緒にお茶をするのは、知らない土地に住むことになったわたしの妻にとっても、心の和むお気に入りの時間でした。曾孫(わたしの娘)も大好きだったやさしい「ひいばーば」。
命日は、殊に好きだった「早春賦(そうしゅんふ)」に歌われる2月の下旬でした。読書家でもあり、文学に親しみ、自身の内外に深く世界を拓いていた祖母が、亡くなってからもう十数年になります。
時おり祖母の詠んだ短歌を読みながら、在りし日を偲ぶ季節です。
樋つたふ 雪どけ水の 音なるか ささやく如き 声のきこゆる すみ江
2.

そんな2月のある日。
昨年暮れに搗いたお餅もそろそろ食べ終わる時期になりました。いつも朝食は妻が用意してくれていますが、今朝はわたしも玄米餅を揚げる担当です。
学校に行く子どもたちを見送りつつ、朝の家事を一緒にこなします。田畑の忙しい時期に比べれば、いくらかのんびりと過ごせる朝。
今日の天気なら洗濯物も外に干せるかな。

ゆっくり珈琲を飲んで、下の子どもを保育園に送ってから、畑に向かいます。
年明けから進めてきたりんごの剪定もヤマを越えて、今は切った枝の片づけを進めています。細かい枝は炭にして、来年のこたつに使う予定。
まだ芽吹かないりんごの畑は、どこかそっけないような風景です。

午後からは陽が翳(かげ)ってきたので、身体の温まるチェーンソー仕事にしました。
薪用の丸太もだいぶ集まってきたかな。
夕方の風はさすがに身に沁みる冷たさです。

それから今日は、少し早めに仕事を切りあげて、5年生の長男と一緒にグラウンドを走ってきました。
暮れから正月にかけての暴飲暴食で、跳ね上がった体重やら体脂肪率。
今年は思い立って数年ぶりにランニングを始めました。そういえば最近は長男と二人きりで話をすることも減っていたし、親子のひとときとしてもよかったように思います。
いつまで続くかわかりませんが、新しい靴も買ったし、これはけっこう楽しいぞ

夕飯は温かいモツ鍋にするって言ってたな。
そしたら焼酎のお湯割りもぴったりだな。
陽ざしの暖かい春が待ちどおしいような、もう少しのんびりこの季節を味わっていたいような。
ゆれ動く日和に合わせるみたいに、気持ちも行ったり来たりしています。
この記事を書いた人:移住者ライター ヨコヤマタケオ
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