お米の収穫と、みのりに感謝の秋祭りのこと
目次
1.
大田原地区在住のヨコヤマです。
猛暑の夏を過ぎ、山里は稲刈りの季節を迎えています。
地区の南側、山から続く斜面に沿って広がる田んぼ。
急峻な山間部の地域では、水を張って稲を育てられる水田は古くからとても貴重でした。
傾斜の強い山あいの田んぼは、一枚ごとの面積が小さく畦畔は大きいため、大型機械による効率的な作業や大規模な農業経営には向きません。それでも地域に暮らす人たちの手で、長く大切に農地が守られてきました。
今でも多くのお宅で稲づくりが続けられていて、田んぼの仕事の進みぐあいやお天気のめぐりが、いつも行き合った人とのあいさつ代わりになります。
春先の種まき、田おこしに始まり、5月の田植えを経て半年のあいだ育ててきた稲。いちめんに穂の稔る田んぼに山からの風がわたっていくのを眺めながら、ただ景色の美しさだけではない、満ちたりたものを心の底に感じています。
田植えの仕事とならんで、特にこの時期の稲刈りはそれぞれの家の一大行事です。地域に住んでいる人だけでなく、親戚や知人をよんで大勢で作業をする姿が、山里の風景を賑わしています。
わが家の田んぼでも晴れ間を縫って稲刈りをしました。手作業で草取りをした田んぼでは、昔ながらの「はぜ掛け」で稲の収穫をしています。
刈り取った稲の束を棒で組んだ「はぜ」に掛ける作業は、ひたすら人の手に頼る仕事。
いつもより少し多めのお小遣いにつられて、子どもたちもせっせと手伝いをしてくれます。皆でわいわいと仕事をして、今年もどうやら例年に負けない収穫になりそうです。
このあと、天気の様子を見ながら、刈り取った稲が乾燥したころに脱穀をして、一年の稲づくりの締めくくりをむかえます。
ひと足早く、コンバインで刈ったお米ができ上ってきたので、さっそく炊いてみました。
毎年、わたしとしては春からの田んぼの景色を思い返して言葉にならない思いですが、子どもたちは、まあまあ、おいしいんじゃない?というかんじでおかわりをしています。
家族の皆に、たくさんご飯食べな、と言ってやれる日常がしみじみありがたく思える秋でした。
2.
地区内の「田原神社」では例年にならい秋祭りが執り行われました。
氏子は大田原地区の40軒ばかり。山里の小さなお宮ですが、季節ごとに春の訪れをよろこび、秋の収穫に感謝するお祭りが、いにしえより続けられています。
今年もそこで獅子舞を奉納しました。
大田原地区では古くから笛と太鼓、獅子舞からなる御神楽が伝えられていて、20年ほど前までは、他の地区のお祭りにも奉納するほど盛んな習わしでした。やがて担い手不足のため一時期は途絶えていましたが、数年前から地域の有志が、農村文化維持のための補助金を得て、再興させようと活動してきました。
わたしも全くの素人ながら、先輩方に舞いを教わり、獅子頭をかぶって拙い踊りを披露しています。
今年は特に、お祭りの前の週の敬老会でも御神楽を演じさせていただきました。その席で、往時をご存じの大先輩に稽古をつけていただく機会があり、これまでに解っていなかった勘所を教えていただけた感じがしました。「おんな獅子」としての姿勢や御幣の扱い方。
また来年に機会があれば、もっと良い舞いを身につけられるようになりたいと思ったのでした。
小学生の子どもたちも、見よう見まねで練習会に参加してきました。何年かのちに、子どもとわたしで御神楽を奉納できるようになればいいなと、静かに思い描いています。
この記事を書いた人:移住者ライター ヨコヤマタケオ
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